出芽酵母必須遺伝子破壊株の形態情報の取得と解析(野上識ほか)

腎臓が悪いと手足がむくむ、肝臓が悪いと黄疸が出る、といったよう に、生命機能の異常はしばしば生物の形態に反映される。したがってあ る遺伝子の機能を明らかにする上で、その遺伝子の機能が失われている 変異体の形態表現型を解析することはきわめて有効な手段である。その 際、形態を定量的に表すことで、遺伝子破壊変異体の表現型の比較を統 計的に行うことができる。当研究室では、 森下研究室 との共同研究により、出芽酵母の細胞壁、核、 アクチンを特異的に検出できる蛍光試薬で細胞を三重染色し、取得した 蛍光顕微鏡像をイメージプロセシングすることにより、200細胞 以上の測定から、内部構造も含む 細胞形態を定量的に表現するシステム を開発した。このシステムでは、細胞の大きさ、母細胞と芽の大きさの比、 核の位置、小さい芽を持つ細胞の割合など、様々な観点の501の 定量的な形態パラメータによって出芽酵母の細胞形態を表現することが できる。

この細胞形態定量化システムを用いて、これまでに出芽酵母非必須遺 伝子破壊株4718株(注)の形態情報の取得を完了した(現在デー タを SCMD: Saccharomyces cerevisiae morphological database にて公開中)。その解析の結果、出芽酵母の非 必須遺伝子の半数は細胞形態に影響を及ぼすこと、細胞形態と遺伝子の 機能との間には密接な関係があること、この知見を基に形態表現型から 遺伝子の機能予測が可能であることが示された (Ohya et al., 2005)。
_ 次に、同システムを用いて必須遺伝子破壊株の形態情報の取得を試み た。非必須遺伝子の場合と異なり、生育に必須な遺伝子を全く持たない 株は生育できない。そこで、二倍体の相同染色体上で対となっている遺 伝子の片方を破壊したヘテロ破壊株を用いることにした。現在、必須遺 伝子破壊株1137株の形態情報の取得が完了し、その解析を進めて いるところである。

(注)出芽酵母のゲノムは約6000の遺伝子からなっており、うち 5000弱の遺伝子は破壊しても酵母は生育可能である一方で、1100 あまりが生育に必須な遺伝子である。国際共同研究により、一つ一つの 遺伝子を破壊した破壊株コレクションが構築されている。

出芽酵母の定量的形態表現型を用いたQTL解析(野上識ほか)

 身長や体重、稲穂の米粒の数、血圧値、コレステロール値など様々な値 をとる数値として表せる形質のことを量的形質(quantitative trait)といい、量的形質に影響を及ぼす遺伝子座をQTL (quatitative trait locus)と呼ぶ。血圧値やコレステロール 値などは高血圧や高脂血症の指標であるため、そのQTLの同定は 高血圧や高脂血症の原因解明や予防につながると考えられる。 QTLの同定には、自然界に存在する遺伝子の違い(多型)と表現型を結 びつける遺伝子マッピングを用いることが多いが、量的形質によくみら れるような複数の遺伝子が関与している場合にはQTLの同定が難 しい。

 本研究では、QTL解析のモデル系として、ゲノム配列が解明さ れている二つの酵母(実験室でよく使われている酵母と、ワイン醸造で 使われている酵母)、それらをかけ合わせた子孫を用いた。 細胞形態定量システム を用いて各株の形態情報を取得し、QTL解析を行った。解 析の結果、親株の形質の差(図)の多くが遺伝子に由来すること、複数の遺伝 子座が量的形質に影響を及ぼしていること、形態情報が遺伝子発現量と も密接な関係があることなどがわかり、出芽酵母の細胞形態が QTL解析のよいモデル系となることが示された。

三重染色画像 細胞壁
(FITC-ConA)
アクチン
(Rh-ph)

(DAPI)
実験室で
よく使われる
酵母
蛍光顕微鏡画像
CalMorph
画像解析後の
蛍光顕微鏡画像
ワイン醸造で
使われている
酵母
蛍光顕微鏡画像
CalMorph
画像解析後の
蛍光顕微鏡画像
図 実験株酵母とワイン酵母の細胞形態の違い(目で見てわかりますか?)


高次元形態情報に基づく多面的定量的フェノタイピング(大貫)

 細胞形態はさまざまな遺伝子機能や細胞内プロセスを反 映しているため、変異株の細胞形態を解析することは細 胞内遺伝子情報ネットワークの解明に有効である。そこ で、細胞が多面的な外的環境に応答して示す表現型を、 全ての変異株について、高次元で定量的に解析すること が有効であると考えた。

本研究では、高次元な定量的表現型解析手法の確立とそ の実証を行うために、CalMorph画像解析システムを使用 して、本研究室でスクリーニングされた58のCa2+感受性 (cls)変異株のCa2+による形態変化の解析を行った。高 濃度Ca2+存在下では野生型酵母細胞であっても様々な形 態変化を見せた(図1)。一方cls変異株は58中43株で形態 変化を示し、Ca2+の影響を受ける強さやパターンは野生 型よりも遥かに多様であった。また58中31株は形態が類 似する7クラスに分類され、そのうち3クラスは機能的に 関連する遺伝子の変異株によって構成されていた(図2)。 これらのことから複数のCa2+シグナル伝達経路の存在が 示唆された。この手法は反復実験によって得られるあら ゆるデータに適用可能であり、大規模表現型解析に威力 を発揮する手法の一つとなると考えている。

図1. 低濃度Ca2+条件(左)及び高濃度Ca2+条件(右)における野生型酵母細胞の形態

図2. Ca2+による形態変化が類似する7つのcls変異株クラス

 次に、多面的な形態情報を取得する過程を安価で高速に 行うハイスループット顕微鏡撮影シテムの開発を現在試 みている。そこでPDMS (polydimethylsiloxane)上にプ リント技術によって細い流路を刻んだマイクロ流体チッ プに酵母を流すことで連続的に顕微鏡撮影を行えると考 えた。流路上の酵母細胞は高倍率な顕微鏡で観察可能で あり(図3左)、従来の方法で取得した画像データ(図3右) との間で形態情報の互換性が確認された。現在開発中の、 このシステムが完成すれば、既に確立した高次元で定量 的な表現型解析を、全ての遺伝子変異株について多面的 条件で、安価に短時間で実施可能となるため、細胞の遺 伝子情報ネットワークの全貌解明につながる足がかりと なると考えている。

図3. マイクロ流路内の酵母細胞(左)とスライドガラス上の酵母細胞(右)の位相差顕微鏡写真
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