学融合セミナー 覚醒する酵母

大矢禎一 平成28年第2回学融合セミナー
平成28年5月25日 於 柏キャンパス 新領域 基盤棟2階
動画試聴版:http://www.k.u-tokyo.ac.jp/research/seminar/contents/201602.html

【質問とその答え】

イントロ
酒総研という研究所なんてあったんですね。日本の権威! 色々面白い研究をやっているのですよ。
系統樹が掛け合わせた結果により網目状になっているのが興味深い。 このような清酒酵母の育種過程を系統樹にしたのも実は初めてなのですよ。

形態多様性vs遺伝的多様性
清酒酵母は出芽酵母全体と比較すると、遺伝的多様性は低いが、形態的な多様性は高いという話に驚いた。 なぜそうなるのか、というところまで今回の研究で踏み込むことができてよかったです。
形態的多様性が出芽酵母全体の80%ということをはじめて知った。酵母の形態的多様性が遺伝的多様性よりも高いことは意外だった。 はい、我々にとっても全く意外でした。
清酒酵母の多様な形態が醸造特性にどのような影響を及ぼすのか、そのメカニズムに興味を持った。 今、幾つかの候補遺伝子を特定しているので、もう直ぐ結果がわかると思います。

クラスタリング
清酒酵母をクラスタリングする際、遺伝子配列ではなく、その形態的特徴から求めることができることは興味深い。クラスタリング解析という手法を使って酵母の形態から機能を探るというのは面白いアプローチ。形態を見て分類するというのは生物学ではあまり行わない方法でやっているのが驚きだった。 ありがとうございます。ただし、以前遺伝情報がなかった頃には、生物は形態に基づいて分類していました。
形態的類似性に基づく系統樹と遺伝的類似性に基づく系統樹が似ている のはすごい。 我々もこの結果に驚きました。
形態的に変化した後でその形質が保存されるのはなぜなのか、偶然なのか、必然なのか。 面白い問題だと思います。集団の中で生き残れるのは、何か利点があったのではないでしょうか。

育種
清酒酵母の形態多様性が大きいのが同系交配によるものだということが最後に示されて納得がいった。 素晴らしい。そこが今日の話の肝でした。
育種の評価はDNAの比較だけではできないというところが新鮮だった。 この考えに同調している酒造メーカーが顕微鏡を導入しています。
清酒酵母でも同系交配によって大きな形態変化をもたらすというのは、動物の品種改良する過程に近いと感じた。同系交配が大きな形態的多様性を生むというのは、酵母だけではなくカイコやハチのような動物でも同様だと思った。 そうだと思います。今日の話は他の生物の育種にも広げて考えることができると思います。
雑種による交配でおおきな形態変化を起こすメカニズムが知りたくなりました。 色々な遺伝学の本に出ていますので、よかったら勉強してみて下さい。
同系交配が形態的な多様性を生むというのは面白い。動物では奇形を生みだすが、酵母では有用な多様な形質を生み出すというのは新鮮である。 生物種を超えて見られる現象ということで、やはり遺伝学というのは偉大だと思います。
同系交配が劣性遺伝子の影響を受けやすいことで、実際に清酒酵母の育種にどのように生かされるのだろう? 交配は様々な形質を生み出せるということで、極めて優秀な育種法です。ただ同時に予想外の形質変化にも気をつける必要があります。

その他
情報系の研究者なので、ゲノムや生物系の知識がなかったが、大好きなお酒につながる話で面白く聞くことができた。 清酒酵母の研究にも情報系の解析が大変役立っています。
CalMorphにより育種の評価ができることを知って、形態解析のビッグデータが酒産業に大きく貢献する可能性を感じた。将来的に人口が増え、食料問題が危惧されているが、それに対する解決策につながることを望んでいます。 はい。形態解析のビッグデータは、他の生物の育種の改良にもつながることだと考えています。
日本酒は日本だけでも数百種類以上存在するが、全て味が違う。これはそれだけ清酒酵母の種類が存在するということなのだろうか。 味が異なるという意味からは、酵母だけではなく、様々な条件の違いから、いろんな味が生まれます。
酒蔵の場所は違えど、味が似ているように感じる日本酒があることが納得できた。色々な酒造りの話を聞くことができて、とても面白かった。 味が似ているという意味からは、確かに、酵母の種類で日本酒の香りや味が決まる部分もあります。
私自身は生物を扱っているものの、統計学は苦手なので、今日の話はとてもためになりました。 生命科学の多くの分野で、統計学は威力を発揮しますので、よく勉強してみて下さい。
清酒を作る上で年を経ても遺伝的変化があまりないことは古き良き清酒の味が守られているとも考えられ、感慨深くなった。 そういう見方もできるかもしれませんが、今日の話はせいぜい100年くらいの変化なので、遺伝子はあまり変化しないかもしれませんね。
私は世界一強い磁力を出せる装置のある研究室にいるのですが、醸造中に強い磁力をかけて何か変わったりしたら面白いですね!磁力酒は高く売れるのでしょうか(笑)? 残念ながら、そのような報告はまだありません。
酵母というと実験に使うというイメージがあるが、ただ単に清酒酵母の画像解析をすることで様々なことがわかるのがすごいと思った。 はい、その通りだと思います。
話を聞いていて、酵母の形態にエピジェネティクスが関与しているのではないかと思いました。 エピジェネティクスも面白い観点だと思います。

学融合セミナー ビール酵母の危機

大矢禎一 平成22年第1回学融合セミナー
平成22年4月21日 於 柏キャンパス 新領域 基盤棟2階
動画視聴版:http://www.k.u-tokyo.ac.jp/research/seminar/contents/201001.html

【質問とその答え】

細胞形態の計測について
形態の解析で大量のパラメータを用意して有意差を見るというのが印象的でした。いろいろな方向を向いている細胞の長さはどのように計測するのでしょうか? 確かに二次元上ではいろいろな方向を向いてます。そこで一度デジタル画像として細胞を認識させた後で長軸の長さを計測しています。
培地の条件などで酵母の形が変わることはあるのでしょうか? はい、培地の組成や温度などの培養条件によって細胞の形態はさまざまに変化します。
麦、ホップや水を変えると酵母の特徴はどのように変わるのですか? 多くの遺伝子の発現パターンが変わってきますので、細胞の形態だけでなく、さまざまな代謝経路の活性などが変化します。
形態データベースを用いた酵母の生理状態の推定など興味深い話だと感じました。酵母の発酵の度合いと形態的な特徴との間の関係はどの程度わかっているのでしょうか? 発酵が進むにつれて220ほどの形態パラメータが変化することがわかりました。
酵母における様々な生命現象において形態で識別できる現象はどれくらいあるのですか? 直接の答えになっていないかも知れませんが、遺伝子破壊することができる非必須遺伝子破壊変異株で調べたところ約半数の変異株で形態が変わっていました。
目でみてもわからないような酵母の違いを識別できるのはすごいと思いました。ヒトの治療や診断には使えないのでしょうか? このシステム自体は使えませんが、画像診断などではコンピューターの力を借りて自動的に計測・診断するシステムが出来上がってきています。

悪玉酵母について
ビール酵母の形態から分かることが多いので驚きました。悪玉酵母だけ取り除く方法はあるのでしょうか? 残念ながらとても多くの細胞(1 mlあたり100万以上)が浮遊しているのでまだそのような技術は開発できていません。
悪玉酵母の出現は生物学的にどのような意味を持つのでしょうか?悪玉酵母はなぜ出てくるのか、どうしたら出て来なくなるのでしょうか? ここで紹介した悪玉酵母は高温適応能力があるので、おそらく高温にさらされた時に今までの酵母よりも増殖の点で優位になるのだと思います。悪玉酵母の出現頻度を抑えるためには低温のまま維持することがあげられます。
悪玉酵母が実は美味しいビールを作るということはないのだろうか? 低温で醸造するラガービールでは可能性は低いと思います。
ラガービール酵母が雑種であることに非常に驚きました。高温耐性を獲得するとなぜ味に影響するのですか? 味というよりも低温での増殖ですね。まだわかっていませんが、KEX2という遺伝子が鍵を握っているのだと思います。
ビール酵母以外にも応用できると思いました。パン酵母でも悪玉酵母ができるのでしょうか?他の醸造酒の製造にも悪玉酵母の影響はあるのでしょうか? 実験室株は実はパン酵母なのでkex2変異株で見られた特徴は醸造酒を造る酵母種であるパン酵母でも見られます。ただし、パン酵母で悪玉酵母が出現しやすいかどうかについては知られていません。
善玉酵母の能力を上げる遺伝子というのはわかっているのでしょうか? まだわかっていません。そのような遺伝子がわかるといいですね。

酵母の品質管理と味について
酵母の品質管理がこれほど精密に行われていることに興味を持ちました。リアルタイムで酵母細胞の形を見るようなシステムはあるのでしょうか? そのようなシステムはフランスでも開発中と聞いています。
ビールの味の評価はどのようにしているのですか? いわゆる官能試験・官能検査で行っています。
15世紀に確立された今のビールは100年後にはどのようになっているのだろうか? 興味深い質問ですね。ようやく今のビール酵母をそのまま維持できる技術ができたので、100年後に「現在の酵母で造った」ビールを再現することはできると思います。
実験室酵母でビールを作ると美味しいですか? 上面発酵ビールに該当することになると思いますが、系統的には実験室酵母はビール酵母とは遠いのであまり美味しくないのではないかと思います。
私はビールの苦味が嫌いなのですが、これは酵母が原因なのですか? 苦味についてはホップに含まれるフムロン(α酸)が、ビール醸造の煮沸工程において変換されたイソフムロン(イソα酸)が原因になるようです。

◯ビール醸造について
なぜ日本ではピルスナーが主なのか不思議に思いました。 日本だけでなくアジアではピルスナーが主流です。蒸し暑い気候が関係していると言われているようです。
ラガービール酵母が雑種であるというのは偶然の産物だったのでしょうか? 雑種ができるというのは偶然だと思いますが、人類がそのような偶然を見逃さずにラガービールとして利用したのでしょう。
音楽を聴かせながら発酵させた場合にはどうなるのでしょうか?酵母が音楽を感じているのだとしたら振動で感じているのだと思うが、その振動ストレスに対してなんらかの反応があるのでしょうか?酵母が本当に音楽を感じるのであれば、私達人間も音楽に心を揺さぶられるのは体のごく一部のところが反応しているのでしょうか? 講演では音楽の話はしなかったのですが、これほど皆さんがこの話題に興味を持っているというのを知って驚きました。

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