研究概要

1. 画像解析プログラムを用いた形態表現型の網羅的解析

 遺伝子と表現型の関係を明らかにすることは遺伝学の重要なテーマです。真核細胞のモデルとして知られる出芽酵母は通常は楕円体に近い細胞形態をしていますが、遺伝子機能が欠損することにより様々な形態をとるようになります。我々は出芽酵母専用の画像解析システムCalMorphを用いて、500以上の観点から細胞の形態表現型の解析を進めて来ました。出芽酵母の細胞壁、アクチン細胞骨格、核DNAを蛍光試薬で染色すると三重染色画像が得られます。この画像をCalMorphで処理することにより、細胞の大きさ、細長さ、ネック幅などの細胞形態に関する情報、アクチンの細胞内局在に関する情報、核の形や位置に関する情報などを数値として得ることができます。その高次元形態情報を多変量解析や機械学習などの統計的な手法を駆使することにより細胞極性や細胞周期進行に関する形態表現型の解析をすることが可能になります(図1-1)。出芽酵母には非必須遺伝子が4718ありますが、非必須遺伝子破壊株の網羅的形態解析から3300もの遺伝子が形態表現型に影響を与えていることを明らかにしました。類似した機能を持つ遺伝子を欠損すると似た形態を示したことから、変異株の形態表現型はその原因遺伝子の機能と深く関係していることを明らかにしました。これらの遺伝子がどのように機能的に関係しネットワークを形成して細胞形態を形作るのか、そのメカニズムの全貌を明らかにする研究を行っています(図1-2)。実験室で使われる出芽酵母以外に、ワイン酵母や清酒酵母、自然界で生息する酵母などの形態表現型も解析し、システムズバイオロジーだけでなく進化や育種など様々な領域の研究にも貢献しています。

図1-1 図1-2

図1-1 出芽酵母の画像解析システムCalMorphにおけるデジタル画像の抽出と網羅的な細胞形態の表現型解析。得られた形態情報はデータベースから発信している。図1-2 Ca2+感受性変異株の形態表現型解析から明らかになった細胞内Ca2+制御システムの全体像。62のCa2+感受性変異株のCa2+依存的な形態に基づくグループ分けによりCa2+制御システムの細胞内での役割分担が明らかになった(Ghanegolmohammadi et al., 2017)。

2. ハプロ不全性の発生メカニズムの研究

 ハプロ不全は二倍体生物のヘテロ接合体において機能欠損側の表現型が現れる、つまり優性の法則が成立せずに機能欠損アレルが優性となる現象であり、稀に見られる遺伝現象であると考えられてきました。例えば、RNA ポリメラーゼサブユニット遺伝子の遺伝子欠損変異をヘテロに持つ出芽酵母二倍体(RPC10/rpc10Δ)は、野生型二倍体酵母(RPC10/RPC10)とは異なる形態を示してしまいます(図2-1)。1コピーの対立遺伝子の喪失が、癌や腫瘍形成、発達障害や神経障害などのヒト優性疾患の原因になることがあることから、ハプロ不全性は大きな関心が持たれてきました。出芽酵母の画像解析システムCalMorphを用いてヘテロ二倍体の細胞形態表現型を徹底的に調べたところ、今までの常識を覆して半数以上の必須遺伝子ヘテロ破壊株がハプロ不全性を示すことが明らかになりました。出芽酵母のハプロ不全性は、従来は増殖表現型の観点から解析されて来ましたが、形態表現型を調べることにより非常に多くのハプロ不全性を示す遺伝子が検出されたのです(図2-2)。現在は、どのような特徴を持つ遺伝子がハプロ不全性を示すのか、ハプロ不全性が起こりやすくなる条件について、研究しています。

図2-1 図2-2

図2-1 出芽酵母のハプロ不全性。RNAポリメラーゼのサブユニット遺伝子のヘテロ二倍体欠損株(RPC10/rpc10Δ)は野生型二倍体株(RPC10 / RPC10)と異なる細胞形態を示す。図2-2 増殖表現型で検出されるよりも形態表現型で検出されるハプロ不全性の遺伝子は多い。

3. 表現型プロファイリングを用いた薬剤標的の同定

出芽酵母を用いた創薬ツールの開発を行っています。出芽酵母は単細胞生物ですが、ヒトと同じ真核生物であり、核やミトコンドリア、小胞体といった細胞内構造とその機能は類似しています。また外界からの刺激に対する応答機構についても、ヒトと出芽酵母との間で高い共通性があります。スタチンやFK506の開発の際に見られたように、出芽酵母で得られる知見は医薬品開発に応用することができます。一方、出芽酵母は真菌の仲間なので、細胞増殖を抑える薬剤は抗真菌剤になる可能性があります。出芽酵母は増殖が早く、遺伝子ノックアウトや強制発現、蛍光タンパク質によるタンパク質の可視化などの遺伝子操作も容易です。酵母ゲノムはヒトゲノムの5年も前に解読されており、ゲノムワイドな遺伝子機能解析も最も進んでいます。このような出芽酵母の特長を活かして抗真菌剤や抗老化剤などの医薬品開発に貢献しようとしています。具体的には、(1)出芽酵母の形態変化に着目した化合物スクリーニング、(2)表現型プロファイリングを用いた化合物標的の同定について研究・開発をしています。

図3-1 図3-2

図3-1 薬剤処理細胞とその標的遺伝子欠損株の形態類似性。リボヌクレオチドリダクターゼを阻害するヒドロキシウレアで処理した細胞はリボヌクレオチドリダクターゼのサブユニットの欠損変異株(rnr4Δ)と形態的に類似する。図3-2 ポアシン酸処理と類似した形態を持つ変異株。今まで標的が知られていなかったポアシン酸で処理した細胞の形態は、細胞壁合成に重要な働きを持つ遺伝子破壊株の形態と有意に類似していた(赤丸)。実際にポアシン酸は細胞壁のβ-1.3-グルカンと結合することが明らかになった(Piotrowski et al. 2015)。

4. 清酒酵母のゲノム編集

CRSPR/Cas9のゲノム編集技術を使って、エビデンスに基づく遺伝子改変を行い、清酒酵母の育種を行なっています。清酒酵母は日本固有に見られる出芽酵母の亜種であり、今から4000年ほど前に近縁の亜種から分化したと考えられています。その後、清酒酵母は日本酒の醸造に特化して利用されてきました。最近になって日本人研究者によって、醸造特性に影響を与える遺伝子がいくつか同定されてきましたが、清酒酵母は二倍体であり、栄養要求性のマーカーを持っていないために、遺伝子の改変による育種が困難でした。そこで、CRSPR/Cas9のゲノム編集技術を使って理想的な清酒酵母が育種出来るかどうかを試しています。育種の過程における細胞形態変化を調べることにより、育種に細胞形態を利用できないかを研究しています。

5. 形態情報を使った発酵・醸造のモニタリングと制御

出芽酵母はエタノールをはじめとして多くの物質を生産し、発酵産業で使われています。発酵・醸造過程では、出芽酵母の状態を把握することが必要ですが、酵母の形態に着目してモニタリングすることを、新しく提案しています。形態情報を利用する目的は、1)発酵中の酵母の状態を把握することで発酵産物の量を予想し制御すること、2)酵母の形態変化を指標に育種や酵母の劣化を予想し制御すること、にあります。

6. インテリジェント画像活性細胞選抜法(iIACS)を用いた酵母細胞形態の解析

iIACSは2018年に本学理学系研究科の合田研究室を中心にして開発された、画像情報を基に細胞を選抜するフローサイトメーターです。我々はこのiIACSを利用して、ハイスループット形態解析が行えないかを研究しています。最終的には、形態情報を利用して、新しい酵母の創成を目指しています(スーパー酵母2020プロジェクト)。

    関連論文

  • Virtual-freezing fluorescence imaging flow cytometry.
    • Mikami H, Kawaguchi M, Huang CJ, Matsumura H, Sugimura T, Huang K, Lei C, Ueno S, Miura T, Ito T, Nagasawa K, Maeno T, Watarai H, Yamagishi M, Uemura S, Ohnuki S, Ohya Y, Kurokawa H, Matsusaka S, Sun CW, Ozeki Y, Goda K.
    • Nat Commun.
    • 2020 Mar 6;11(1):1162. doi: 10.1038/s41467-020-14929-2.
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